ウェディング・フォトとは・・・?
~その生い立ちと発展~
(あるパイオニアの回顧録よりの引用)
37年前の話です。
そしてこれからの予言でもあります。
まだ、ウェディング業界にデジタルアルバムはもちろん挙式や披露宴のスナップ写真すらなかった頃の話です。
その頃のウェディング業界(当時は婚礼業界といいました。)の写真といえば、台紙に1枚か2枚の写真を貼っただけのものでした。表情は引きつり、顔は真っ白、手は手持ちぶさたで・・・・。そう、みなさんのお父さんお母さんが押入れのはるか奥へしまっている(隠している・・・笑)アレです。
小さな町の写真館のドラ息子であった私は、私なりに我が家の未来はないと感じ、特に婚礼写真は「こんなんじゃいけない。もっと新郎、新婦が喜ぶものがあるはずだ。」と強く思ったのです。その答えは披露宴のスナップを撮ってあげるという、今考えれば当たり前のことでした。
ある最大手の結婚式場に運良く、それを試す機会を与えてもらいました。
(1)社カメ(会場社員カメラマン)さんの時代 ~スタジオ写真からスナップへ~
当時はスタジオ写真を撮る社カメさんの方が格が圧倒的に上でした。いちスナップ業者(しかも一人)である私の肩身は本当に狭いものでした。当時のカメラ性能では披露宴会場はとても暗い…。
※カメラにとって“暗い”というのは一番苦手なこと。
写真を撮りまくってプリント貼りアルバムに仕上げて、販売してみるというスタイルでスタートしました。いわゆる見込み販売と呼ばれるものです。
「そんなの売れるわけはない!!」「邪魔だ!どけ!!」「写真館の息子が何わけのわからないことをやってるんだ!」等々、たくさんの悪口やいやがらせを受けつつも、がむしゃらに新郎、新婦やご両親に売り込んだものです。
結果はどうなったか?みなさんもよくわかっていらっしゃることだと思います。そうです。かなりの数の新郎、新婦に受け入れてもらえました。
そして喜んで頂けました。
(2)スナップ全盛の時代 ~確信を得た瞬間~
1980年を超えると、人気が出始めて、プランナーさんからの評価も高まり、見込み販売ではなく、前もって注文を頂くスタイルへと変化します。
ねたみ始めた社カメさん達から「スナップばかり売るなよ!俺たちスタジオマンの仕事がなくなるだろ」
「ごめんなさい。でもあなた方は会場の社員だから、スタジオの写真が売れなくても、やっていけるじゃないですか。その反対に僕は業者だから自分の実績を作らなくちゃいけないわけですし・・・。、
そもそも僕の売り上げは、そちらの売り上げでもあるわけですしね、っていうか、その前にスタジオの写真、披露宴のスナップ写真にこだわらず、
もう少し技術を磨いた方がいいんじゃないでしょうか?」
「そんなのどうだっていいんだよ。新郎、新婦は二度と来ないから。
だから比較されることもないんだし。第一お前なんかに言われたくない!」
衝撃的な発言でした。
逆に言うと、その言葉が「もっともっとスナップが新郎新婦に受け入れられる」『現状は格下のスナッパーの自分がやっていることが正しい』という確信を得た
瞬間でした。そして、スナップ専門のチームを作るまでになり、会場さんの他部署の人達から『エンスナ』さん
そうして、ウェディングスナップは全国的に広がっていき、スナップ専門の撮影会社も世の中に出てくるようになりました。
(3)ウェディングフォトグラファーの時代
2010年近くにもなると、世の中は完全にデジタルに切り替わりました。
フィルムで撮影することもなくなります。結婚式のカメラマンは、スタジオ撮影だけではなく、ロケーション撮影、和装のポーズ写真、さらに自分で写真の色を調整し、データを作るようになります。さらには、自分で アルバム編集までするようになります。
まさに総合的なスキルを必要とされるようになりました。
ウェディングフォトグラファーの誕生です。
今はまさにウェディングフォトグラファーの時代です。そして正直言いまして、そのように名乗れるほどの 経験と技術を持ったカメラマンはごく一握りであるのが現状です。
(4)パーソナルブランドを持った、 ウェディングフォトグラファーの時へ
そして今後は、ウェディングフォトグラファーと呼ばれる、結婚式のカメラマンは独自の特徴を出して、 パーソナルなブランドで活躍することになるでしょう。
そうなるのは確実です。
生い立ちから今日まで全部見てきたからわかるのです。
新郎、新婦にとって、 もっともっと身近な存在になっていき、
一家に一人の専属カメラマンの時代になっていくのかも知れません。
もう私はおじいちゃんなので、そんな日を私は見ることができないでしょうが
素晴らしい事だと感じます。
そこから先の物語は、私の弟子達に期待することと致したく存じ上げます。
ウェディングフォトグラファーの起源は、
お宮参り、七五三、成人式などを撮ってくれる、
あなたのおウチのそばの写真館さんが発展したものであると言えます。
つまり、ウェデングフォトとは『家族の物語』であります。
『 点が美しい、線が美しい、色が美しい、
心が美しくなければ それは見えない。』
一級婚礼写真士 ensuna写真事務所初代
江口 一則 2012
(あるパイオニアの回顧録よりの引用)
37年前の話です。
そしてこれからの予言でもあります。
まだ、ウェディング業界にデジタルアルバムはもちろん挙式や披露宴のスナップ写真すらなかった頃の話です。
その頃のウェディング業界(当時は婚礼業界といいました。)の写真といえば、台紙に1枚か2枚の写真を貼っただけのものでした。表情は引きつり、顔は真っ白、手は手持ちぶさたで・・・・。そう、みなさんのお父さんお母さんが押入れのはるか奥へしまっている(隠している・・・笑)アレです。
小さな町の写真館のドラ息子であった私は、私なりに我が家の未来はないと感じ、特に婚礼写真は「こんなんじゃいけない。もっと新郎、新婦が喜ぶものがあるはずだ。」と強く思ったのです。その答えは披露宴のスナップを撮ってあげるという、今考えれば当たり前のことでした。
ある最大手の結婚式場に運良く、それを試す機会を与えてもらいました。
(1)社カメ(会場社員カメラマン)さんの時代 ~スタジオ写真からスナップへ~
当時はスタジオ写真を撮る社カメさんの方が格が圧倒的に上でした。いちスナップ業者(しかも一人)である私の肩身は本当に狭いものでした。当時のカメラ性能では披露宴会場はとても暗い…。
※カメラにとって“暗い”というのは一番苦手なこと。
写真を撮りまくってプリント貼りアルバムに仕上げて、販売してみるというスタイルでスタートしました。いわゆる見込み販売と呼ばれるものです。
「そんなの売れるわけはない!!」「邪魔だ!どけ!!」「写真館の息子が何わけのわからないことをやってるんだ!」等々、たくさんの悪口やいやがらせを受けつつも、がむしゃらに新郎、新婦やご両親に売り込んだものです。
結果はどうなったか?みなさんもよくわかっていらっしゃることだと思います。そうです。かなりの数の新郎、新婦に受け入れてもらえました。
そして喜んで頂けました。
(2)スナップ全盛の時代 ~確信を得た瞬間~
1980年を超えると、人気が出始めて、プランナーさんからの評価も高まり、見込み販売ではなく、前もって注文を頂くスタイルへと変化します。
ねたみ始めた社カメさん達から「スナップばかり売るなよ!俺たちスタジオマンの仕事がなくなるだろ」
「ごめんなさい。でもあなた方は会場の社員だから、スタジオの写真が売れなくても、やっていけるじゃないですか。その反対に僕は業者だから自分の実績を作らなくちゃいけないわけですし・・・。、
そもそも僕の売り上げは、そちらの売り上げでもあるわけですしね、っていうか、その前にスタジオの写真、披露宴のスナップ写真にこだわらず、
もう少し技術を磨いた方がいいんじゃないでしょうか?」
「そんなのどうだっていいんだよ。新郎、新婦は二度と来ないから。
だから比較されることもないんだし。第一お前なんかに言われたくない!」
衝撃的な発言でした。
逆に言うと、その言葉が「もっともっとスナップが新郎新婦に受け入れられる」『現状は格下のスナッパーの自分がやっていることが正しい』という確信を得た
瞬間でした。そして、スナップ専門のチームを作るまでになり、会場さんの他部署の人達から『エンスナ』さんと呼ばれるようになりました。(ヒロウエン・スナップ エンセキ・スナップの略)その一方で写真部はそれが気に入らなかったようです。
そうして、ウェディングスナップは全国的に広がっていき、スナップ専門の撮影会社も世の中に出てくるようになりました。
(3)ウェディングフォトグラファーの時代
2010年近くにもなると、世の中は完全にデジタルに切り替わりました。
フィルムで撮影することもなくなります。結婚式のカメラマンは、スタジオ撮影だけではなく、ロケーション撮影、和装のポーズ写真、さらに自分で写真の色を調整し、データを作るようになります。さらには、自分で アルバム編集までするようになります。
まさに総合的なスキルを必要とされるようになりました。
ウェディングフォトグラファーの誕生です。
今はまさにウェディングフォトグラファーの時代です。そして正直言いまして、そのように名乗れるほどの 経験と技術を持ったカメラマンはごく一握りであるのが現状です。
(4)パーソナルブランドを持った、 ウェディングフォトグラファーの時へ
そして今後は、ウェディングフォトグラファーと呼ばれる、結婚式のカメラマンは独自の特徴を出して、 パーソナルなブランドで活躍することになるでしょう。
そうなるのは確実です。
生い立ちから今日まで全部見てきたからわかるのです。
新郎、新婦にとって、 もっともっと身近な存在になっていき、
一家に一人の専属カメラマンの時代になっていくのかも知れません。
もう私はおじいちゃんなので、そんな日を私は見ることができないでしょうが
素晴らしい事だと感じます。
そこから先の物語は、私の弟子達に期待することと致したく存じ上げます。
ウェディングフォトグラファーの起源は、
お宮参り、七五三、成人式などを撮ってくれる、
あなたのおウチのそばの写真館さんが発展したものであると言えます。
つまり、ウェデングフォトとは『家族の物語』であります。
『 点が美しい、線が美しい、色が美しい、
心が美しくなければ それは見えない。』
一級婚礼写真士 ensuna写真事務所初代
江口 一則 2012